日本語で相手のことを指していう言葉に「おまえ」「きさま」という言葉があります。これらは現在では主に相手に怒りをぶつけたり、ののしるときに使われます。でも意外なことに昔は、これらは相手を敬う言葉だったのです。
「おまえ」は漢字で書くと「御前」になります。もともとは「みまえ」「おんまえ」と読み、神仏や貴人の前を意味する言葉でした。貴人を敬う気持ちから直接相手を指すことを避ける遠回しな表現は、日本語特有のものです。
そのため「おまえ」という言葉は、江戸時代初期までは相手への高い敬意を含む言葉でしたが、だんだんと敬意が薄れていき、明治時代以降は自分と同等か目下の相手を指す言葉として定着しました。そして次第に相手をののしる際に使われる言葉になっていきました。
「きさま」は漢字で書くと「貴様」となります。尊いことを意味する「貴」に「様」がついていることからもわかるように、「あなた様」の意味で、もともとは相手を敬うために使われる言葉でした。
江戸時代初期までは、武士の手紙の中で相手を敬う敬意表現として用いられていましたが、これが庶民に広がり話し言葉として使われるようになると、次第に尊敬の意味が薄れてきます。
昭和の初め頃までは、ごく親しい間柄や目下の人に対して当たり前のように使われていましたが、今では主に相手をののしる際に使われるようになっています。
「おまえ」「きさま」が、もとは高い敬意を表す言葉だったとは意外ですね。言葉は時代の流れとともに一般化・大衆化されていくと、その言葉の中にもともとあった敬意が薄められていくのは、面白いですね。